不動産

円安が日本の不動産価格に与える影響

近年、日本円の価値が急速に下落する「円安」が進行し、日本経済や市場にさまざまな影響を及ぼしています。とりわけ不動産市場では、円安を背景に海外からの投資マネー流入や建築コスト上昇など複合的な変化が起きています。本稿では、円安の現状と背景を整理し、不動産価格への影響を外国人投資家の動向市場の変化建築コストの高騰、そして資産運用上の視点から包括的に考察します。

円安の現状と背景

日本円はここ数年で大きく価値を落としており、その背景には日本経済の動向と金融政策があります。特に米国の急速な利上げに対し、日本銀行が長期間にわたり超低金利政策を維持してきたため日米金利差が拡大し、円が売られやすい状況が続きました。加えて、日本はエネルギーや原材料の多くを輸入に頼っており、輸入代金支払いのためにドル買い・円売りが増えたことも円安に拍車をかけています。その結果、為替相場は歴史的な円安水準に達しました。例えば、2022年初頭に1ドル=110円台だった為替レートが、2023年10月には1ドル=150円超にまで下落し、わずか1年半で30%以上も円安が進行したのです。これは約30年ぶりの円安水準であり、政府・日銀も度々市場介入や金融政策の調整を検討する事態となりました。円安は輸出企業に恩恵をもたらす一方、輸入コスト増加による物価上昇圧力となり、日本国内では燃料や食料品、建築資材に至るまで幅広い価格高騰を招いています。

このような背景から、日本の不動産市場も円安の影響を避けられません。以下では、まず海外投資家の動向とそれがもたらす不動産需要の変化について見ていきます。

外国人投資家の動向

円安によって日本の不動産が海外投資家から見ると割安になったことは、不動産市場活性化の一因となっています。為替レートの変動で円の価値が下がると、同じ物件でも外国通貨ベースの価格は相対的に安く感じられるためです。例えば1億円の物件は、1ドル=110円だった頃に比べ、1ドル=130円や140円の円安局面ではドル建て価格が大幅に下がります。この「割引価格」効果により、日本市場に興味を示す海外投資マネーが増加しました。事実、2023年には日本の不動産セクターへの海外投資額が約102億ドルに達し、前年から大きく拡大しています。特に2023年上期だけで外国人投資額が前年比45%増加するなど、円安が海外マネー流入を後押ししたことがデータからも伺えます。円安基調と低金利、安定した法制度という好条件により、日本の不動産は海外の機関投資家や富裕層にとって極めて魅力的な投資先となっているのです。

海外投資家に人気のエリアとしては、やはり東京や大阪といった大都市圏が挙げられます。東京の都心部物件は特に外国人投資家からの需要が高く、価格上昇が顕著です。東京都心の一等地や商業ビル、さらには大阪中心部のオフィスビルなど、安定した収益が見込める資産に海外マネーが流入しています。またリゾート用途では、北海道ニセコなど外国人に人気の観光地の不動産にも関心が集まっています。具体的な投資事例を見ると、海外ファンドによる日本大型物件の取得が相次いでおり、2023年には米投資ファンドのブラックストーンが東京都内の大型複合ビルを買収しました。これは海外投資家による日本不動産投資として過去最大規模と報じられ、市場にインパクトを与えました。さらにホテルや商業施設への投資も活発で、2023年のホテル投資額は前年比で約240%増の5,000億円に達し、そのうち半分近く(2,400億円)を海外投資家が占めました。円安によるインバウンド観光客の増加も相まって、都心部のホテルや商業ビルへの海外資本の参入が加速しています。

このように、円安は海外から見た日本の不動産の割安感を高め、多くの外国人投資家を引き寄せています。その結果、不動産市場には新たな資金が流れ込み、需要が喚起されることで価格にも上昇圧力がかかる状況となっています。

不動産市場への影響

円安による海外資金の流入は、日本の不動産価格全体にも上昇要因として作用しています。実際、ここ数年の国内不動産価格は上昇基調が続いており、都心部を中心に住宅・商業不動産の価格水準はコロナ禍以前よりも高騰しています。背景にはインフレヘッジとしての不動産需要増加や低金利環境もありますが、前述のように円安による海外投資マネー流入が価格押上げの一因となっているのは明らかです。例えば東京都心の新築マンション平均価格は過去最高を更新し続けており、2023年には平均価格が前年比+29%という大幅な上昇を記録しました。商業不動産でも、東京・大阪の一等地オフィスビルや商業施設の売買取引価格が上昇傾向にあります。不動産情報サービスによれば、2022年頃からの円安傾向と外国人投資家の需要増加が日本の不動産価格上昇の要因になっていると指摘されています。

投資利回り(キャップレート)の面では、価格上昇に伴い表面利回りは低下圧力がかかっています。特に海外投資家との競争が激しい都心優良物件では、利回り(ネット利回り)が想定以上に低下する事例も見られます。ただし日本は超低金利が長らく続いてきたため、借入コストが非常に低く、利回り低下の影響はある程度吸収されています。
例えば主要都市の平均的な賃貸住宅のグロス利回りは4%前後ですが、10年固定の住宅ローン金利は2%台(変動金利なら1%未満)と低く、投資利回りと調達金利のスプレッドは依然確保しやすい状況です。このため国内外の投資家にとって、日本の不動産は「低利回りでも低金利で保有できる」という魅力があり、資金流入が継続しています。
一方で、日本人投資家にとっては物件価格の上昇により投資初期コストの負担増という課題も生じています。特に東京など人気エリアでは物件価格高騰が顕著で、潤沢な資金を持たない個人投資家や中小事業者にとって参入ハードルが上がっています。その結果、国内の一部投資家は都心物件の購入を見送り地方物件に目を向けたり、あるいは円安を活かして海外不動産への分散投資を検討するといった動きも見られます。

もっとも、既に不動産を保有している日本人オーナーにとっては、円安による不動産価値の上昇や賃料需要増は恩恵となり得ます。例えば都心のビルオーナーは物件価値の上昇に加え、インバウンド需要増でホテルや店舗テナント料の増収が期待できる状況です。このように円安は投資家の立場によって功罪がありますが、全体としては不動産市場の取引を活発化させ、価格を押し上げる方向に働いていると言えるでしょう。

INA&Associates株式会社

INA&Associates Inc.は、不動産、IT、投資などにおける専門性と技術を活かし、高級賃貸・売買・事業用不動産仲介を中心とする総合不動産会社です。
東京、神奈川、千葉、埼玉、大阪、京都、兵庫の賃貸管理、賃貸売買仲介、事業用不動産仲介・買取をメイン事業として展開しており、土地、マンションの有効活用の企画・提案、外資系法人の転勤者向けの社宅仲介も行っております。

建材コストと開発コストの変動

円安は不動産の需要面だけでなく、供給サイドにも影響を及ぼしています。その代表例が建築資材や設備のコスト上昇です。日本は建築用の木材・鉄鋼・機器類などを海外から調達する割合が高く、円安によりそれら輸入建材の調達コストが直接的に跳ね上がりました。前述の通り、1ドル110円から150円への急激な円安によって、建材輸入価格はわずか1年半で30%以上も上昇した計算になります。この為替要因に、ウクライナ情勢や世界的なインフレによる資材価格高騰(いわゆるウッドショックなど)も重なり、コンクリートや木材、設備機器の価格が軒並み上昇しました。例えば住宅建築に欠かせない木材は、ロシア産木材の輸入停止や北米での需要増もあって価格が高騰し、円安がそれに拍車をかけています。また、燃料となる原油や金属資源の高騰で工場生産品の値段も上がり、建設会社は当初見積もりの大幅な見直しを迫られるケースが増えています。

その結果、国内の建設現場では施工費用が急騰し、不動産デベロッパー各社の開発計画に影響が出始めています。実際に、東京・大阪などで予定されていた再開発プロジェクトの中には、建築コストの想定超過により計画延期や規模縮小に追い込まれたものもあります。例えば東京都中野区で計画されていた中野サンプラザ再開発では、予想建設コストが約900億円も当初計画より膨らんだため、事業者が認可申請をいったん取り下げ、プロジェクトが延期となりました。このケースでは地元自治体もコスト増による財政負担増加を懸念し、計画の練り直しを求める事態になっています。他にも札幌駅周辺の再開発が資材高騰で遅延するなど、大規模案件ほど影響が表面化しています。中小規模の住宅建設でも、資材価格高騰や人件費アップで採算が悪化し、着工戸数にブレーキがかかる懸念があります。

建築コストの上昇は、新築物件の販売価格にも反映せざるを得ないため、結果的に市場全体の価格水準を押し上げる要因となります。資材高によって新築価格が上がれば、その代替として中古物件の需要が高まり中古価格も連動上昇する傾向があります。賃貸市場でも、新築の供給減少やコスト転嫁で家賃が上昇基調となり、すでに物件を所有するオーナーにとっては収益性向上につながる局面です。もっとも、このようなコスト増は開発事業者の利益圧迫や、一部プロジェクトの見送りにつながるリスクでもあります。円安という為替要因に加え、国内の人手不足による人件費アップも重なっているため、建設業界では今後も慎重なコスト管理が求められるでしょう。

資産運用と今後の展望

円安が続く場合、日本の不動産市場にはリスクとチャンスの双方が存在します。まずリスク面では、輸入インフレによる物価高騰が長期化すれば日銀が金融引き締めに転じざるを得なくなる可能性があります。仮に金利上昇局面となれば、不動産ローンの負担増加や投資利回り低下を招き、不動産価格の調整局面が訪れるリスクがあります。また円安が極端に進行した場合、経常収支悪化や国民生活への打撃から政策的に円高方向への介入が行われ、急激な為替変動が不動産市場の不確実性を高める可能性も否定できません。一方チャンスとしては、円安が続く限り海外マネーの流入やインバウンド需要増によって不動産市場の活況が維持される点です。先述のように弱い円は日本の不動産を割安に見せるため、今後も海外投資家の関心は高い水準が続くと見込まれます。事実、専門家の中には「日銀が大幅な金融政策転換をしない限り、長期的な円安傾向は続き、外国人の日本不動産への食指は衰えない」との見方もあります。また円安によって訪日観光客数がコロナ前より増加するとの予測もあり、ホテル・民泊などの収益不動産や商業施設オーナーにとっては追い風が吹くでしょう。

こうした状況下で投資家や資産保有者が取るべき資産防衛策としては、不動産を活用したインフレヘッジが一案です。不動産は現物資産であり、インフレ下でもその価値を維持しやすい傾向があります。実際、物価上昇局面では現金や預金の実質価値が目減りする一方で、実物不動産は資産価値を保ちやすいため、インフレに強い資産として選好されます。円安に伴う物価高で現預金の目減りが懸念される場合、自宅や収益物件への投資、不動産投資信託(J-REIT)への資金シフトなどは有効な資産防衛策となりえます。
また、不動産は賃料というインカムゲインを生むため、保有するだけで安定収入を確保できる点も魅力です。仮に円安が進みインフレ基調が続いても、賃料収入も物価に連動して緩やかに上がることが期待でき、実質資産価値の維持につながります。

今後の為替動向については、不確実性はあるものの市場のコンセンサスとしてしばらく円安基調が続く可能性が指摘されています。日銀も慎重に金融政策の正常化を模索していますが、大幅な利上げには慎重であるため、超低金利と円安の状況は当面継続するとの見方が有力です。したがって、不動産市場も現在のトレンドが大きく崩れることはなく、海外からの資金流入やインバウンド需要を追い風に底堅く推移する公算が大きいでしょう。ただし、中長期的には日本の少子高齢化による国内需要減退や、海外投資家の動向変化(本国の金利環境変化や為替リスクヘッジの動き)など、留意すべき点もあります。不動産投資家にとっては、円安による好機を活かしつつも、為替リスク管理や適切なポートフォリオ分散が重要となります。例えば、為替が大きく揺れ動いた場合に備えて海外資産も組み入れておく、あるいは円高反転局面でも影響の小さい地域(需要が堅調な都心部など)に焦点を当てるといった戦略が考えられます。

おわりに

円安は日本の不動産市場に多面的な影響を与えています。海外投資マネーの呼び込みによる価格上昇効果から、建築コスト高による供給制約、資産運用上のメリット・デメリットまで、そのインパクトは一概に良し悪しを語れない部分もあります。しかし総じて言えば、適切なリスク管理のもと円安局面を味方につけることで、不動産は有力な資産防衛手段かつ投資チャンスとなり得ます。投資家や不動産業界の関係者にとって、為替動向を注視しつつ柔軟に戦略を調整していくことが今後ますます重要になるでしょう。円安と不動産の関係を正しく理解し、長期的な視野で資産形成・事業展開に活かしていくことが求められています。

INA&Associates Inc.

INA&Associates Inc.は、高い専門性とITを活用したサービスを提供しています。お客様一人ひとりに寄り添った独自の価値提供を追求しています。

関連記事

TOP