現在の不動産業界は、テクノロジーの急速な発展によって、従来のビジネスモデルや業務プロセスが根本的な変革を迫られていると感じています。
私自身、INAを経営するうえで、特に注目しているのが「DX(デジタルトランスフォーメーション)」です。DXという言葉は今や一般的になりましたが、不動産業界においてどのような意味を持ち、どのような可能性があるのかを正確に理解している方は、まだ多くないのではないでしょうか。そこで、本稿では不動産DXの本質と、それが業界やビジネスにもたらす変化について、私の考えを交えて解説いたします。
不動産DXの定義と本質
不動産DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、アナログ業務の単なるデジタル化にとどまらず、不動産業界でのデジタル技術活用による抜本的な変革を指します。AIや機械学習、ビッグデータ分析、ブロックチェーンなどの先端テクノロジーを活かして、不動産市場のデータを収集・分析し、従来の枠組みでは得られなかった新たな価値を生み出すことが大きな狙いです。
ここで重要なのは、単に最新技術を導入すること自体がDXではないという点です。DXの真価は、その技術活用を通じて、働き方、顧客との関係性、そして組織運営といった不動産ビジネス全体を抜本的に変革するところにあります。紙の契約書を電子化しただけではDXとは呼べず、電子契約を契機に顧客体験や業務効率、さらには新たなサービスモデルまでも構築してこそ、真のDXといえます。
なお、「不動産テック」という似た概念もあります。不動産テックは、テクノロジーを活用して業界の課題や商習慣を改善する「手段」である一方、不動産DXはその先にある「企業そのものの変革」を目指す点が大きく異なります。
不動産DXの例を下記に記載します。
電子契約と重要事項説明のオンライン化
不動産取引には多くの書類作成と署名作業が伴いますが、電子契約システムの導入によって契約手続きのオンライン化が急速に進んでいます。また、「IT重説(重要事項説明のオンライン実施)」も普及が進んでおり、遠方にいる顧客でもスムーズに契約を完了できるようになりました。これにより、不動産会社における書類管理の負担が軽減されると同時に、顧客利便性の向上にもつながっています。
AIを活用した賃料査定と市場分析
賃料査定システムへのAI(人工知能)の導入は、不動産DXの代表的な活用例です。従来は担当者の経験や周辺相場の参考に依存することが多かった賃料設定を、過去の膨大な賃貸データと物件情報を機械学習で分析する仕組みによって、公平かつ一貫性のある査定が可能になります。加えて、市場動向のデータも取り入れることで、将来の賃料変動を考慮した戦略的な提案が実現し、オーナーとの信頼関係を強化できます。
VRとバーチャルステージングによる物件内見
VR(仮想現実)技術を用いたオンライン内見も、コロナ禍以降、非接触型サービスとして再評価が進んでいます。実際に現地へ行かなくても、VRを使って物件内部を歩き回るような体験が得られますし、バーチャルステージングによって家具や照明をCG表示することで、入居後の暮らしをより具体的にイメージしやすくなります。これらの手法は内見の効率化だけでなく、顧客満足度を高める効果も高いと考えています。
不動産DXの導入における課題

DXの必要性が広く認識されている一方で、導入に踏み切れていない企業も多い状況です。全国賃貸住宅新聞社の調査によれば、DXを「推進すべき」と回答した不動産会社は98.4%である一方、実際に取り組んでいるのは31.9%にとどまるとの報告もあります。
ITリテラシーと人財不足の問題
不動産業界のアナログ文化により、ITリテラシーの不足は深刻な課題です。DX推進にはシステム面のノウハウが欠かせませんが、業務理解に加えてITスキルを有する人財が不足している場合、失敗リスクが高まります。この課題を解消するには、IT人財の採用や育成への投資が不可欠です。INAでは、不動産とITの両面をカバーする総合不動産会社としてテクノロジー事業を展開し、社内に専門人財を育成することでDXを円滑に進めています。
初期投資と維持コストの課題
DXにはシステム導入時の初期費用や、維持コストが必ず発生します。中小規模の不動産会社ほど、この投資が大きな負担になる傾向があります。しかし、長期的に見れば、業務効率化や新しい収益源の創出によって初期投資を回収する可能性があります。特にDXは一度にすべてを切り替えるのではなく、優先度の高い領域から少しずつ導入し、効果を検証しながら拡張する方法が現実的です。
INAが実践する不動産DXの取り組み
私たちINAでは、不動産とITを組み合わせることで、新たな価値創造を目指す複数のDX施策を展開しています。たとえば、「地方人財を活用した賃貸管理ビジネスモデル」では、クラウドシステムやオンラインツールを駆使し、遠隔業務体制を構築しました。都市部の管理物件であっても、地方在住の優秀な人財がリモートで業務を担える仕組みを整えています。
また、AI賃料査定システムの導入を進めることで、客観的なデータに基づく適正賃料の提示と、オーナー様の収益最大化を実現しています。こうしたすべてのDX施策は、当社の企業理念である「すべての関係者の幸せを追求する」姿勢を具現化するための手段です。
不動産DXの未来展望
不動産DXは今後ますます加速し、業界構造を大きく変えていくと考えています。世界的にはスマートホーム市場が急拡大し、日本でもスマートホーム設備やIoTデバイスの標準化が進む見込みです。既存住宅の改修需要や、IoTから得られるデータを活用した新サービス開発によって、新たな収益源が広がり、不動産DX領域もさらに活況を迎えると予想されます。
ただし、技術の進歩それ自体が目的ではなく、それを活用して顧客体験や社会課題の解決にどう貢献するかが重要です。不動産DXの本質は、テクノロジーを通じて生み出される「本質的な顧客価値」にあります。
おわりに:DXは手段であり目的ではない
最後に強調したいのは、DXはあくまでも「道具(ツール)」であり、それ自体がゴールではないということです。INAでは、「適正な賃料設定によるオーナー収益の最大化と入居者満足の両立」や、「業務効率化を通じたサービス向上」のような明確な目標達成のために、DXを活用しています。
企業経営の本質は、短期的な利益追求ではなく、明確なビジョンのもとで持続可能な成長を追求し、すべてのステークホルダーの幸福に貢献していくことだと私は考えています。DXもまた、そのビジョンを実現するための重要な手段です。INAでは、「世界No.1の人財投資カンパニー」を目指して、人の成長による企業価値の創造を使命とし、テクノロジーの活用においても常に“人”を中心に置いた取り組みを大切にしています。
