海外不動産

東京 vs. ニューヨーク・ロンドン・シンガポール・香港:不動産市場の比較分析

本レポートでは、東京の不動産市場を世界の主要都市(ニューヨーク、ロンドン、シンガポール、香港)と比較し、価格動向投資利回り賃貸市場の特性外国人投資家の影響供給と需要のバランス政策の影響の観点から総合的に分析します。各都市の最新データを踏まえつつ、東京市場の特徴を浮き彫りにします。

価格動向 – 東京は緩やかな上昇、他都市は明暗分かれる

東京: 首都圏の住宅価格は近年緩やかな上昇基調にあります。例えば既存マンション価格指数は2023年で前年比約4.7%上昇しました。特に都心部では需要増もあり値上がりが顕著で、2023年11月には中古マンション平均価格が前年比9%増、新築マンションは同42.5%増と大幅上昇を記録しています。東京の不動産価格水準自体は他の主要都市に比べると割安で、都心高級エリアでも㎡あたり約150万円(≒1万ドル)程度とされます。一方、香港では同等の立地で㎡あたり約2.5倍(約2万5千ドル)もの水準に達しており、東京の価格の低さが際立ちます。実際、「東京の港区の㎡単価を100とすると香港は258.7に相当する」との分析もあり、東京の不動産は主要都市と比べ極めて手頃な水準にあります。

ニューヨーク: ニューヨーク(特にマンハッタン)の住宅価格は近年高止まり傾向です。パンデミック後に売買・賃貸需要が急回復し、価格は過去最高水準付近にあります。2023年のマンハッタン住宅価格は概ね横ばいで推移し、小幅な上昇に留まりました(※ニューヨークでは在庫増加と金利上昇により価格上昇が抑制)。例えばマンハッタンの高級コンドミニアム価格は前年比ほぼ±0%~+数%程度の推移でした(2023年末時点の中央値:約170万ドル)と報じられています。一方で、ニューヨークの不動産価格レベルは東京よりかなり高く、㎡単価に換算すると約1万7千ドル(約220万円)前後とされ、世界トップクラスです。これは東京の約2倍に相当し、東京の価格競争力を示しています。

ロンドン: ロンドンの住宅市場は近年停滞から下落傾向に転じました。2022年以降の物価高・金利上昇の影響で購買力が低下し、2023年のロンドン平均住宅価格は前年比▲4~5%と下落しています。特に高額物件が多いロンドン中心部では下落が顕著で、ウェストミンスターで▲20.9%、ケンジントン&チェルシーで▲17.4%もの大幅下落が報告されています。それでもロンドンの平均住宅価格は約50.8万ポンド(約8,800万円)と英国で最も高く、㎡単価にすると約2万ドル(約270万円)超と世界有数です。2010年代のロンドンは海外資本流入で価格が急騰しましたが、近年は調整局面にあります。

シンガポール: シンガポールの住宅市場は近年アジアで最も力強い上昇を示しました。2021年頃から旺盛な需要により価格が急伸し、政府の度重なる「クーリング措置」(投機抑制策)を経てもなお上昇基調が続いています。2023年の民間住宅価格指数は通年で+6.7%の上昇となり、前年(+8.6%)からやや減速したものの高い伸びを維持しました。富裕層や国外からの移住者流入(香港からの転入増など)が背景にあり、特に高級セグメントの上昇が顕著です。価格水準も東京やニューヨークに匹敵する高さで、シンガポールの都心部コンドミニアム平均価格は㎡あたり約2万2千ドル(約300万円)に達しています。これは東京の約3倍に相当し、アジア屈指の高騰市場となっています。

香港: 香港の住宅市場は長年世界最高値圏にありましたが、近年明確な調整が進んでいます。2019年の社会不安や2020~2022年の厳しいコロナ規制で人口が流出したことに加え、中国本土経済の減速も重なり、住宅需要が減退しました。その結果、住宅価格指数は2022年に前年比▲15%と急落し、2023年も▲7%前後の下落となっています。実質価格は2017年頃の水準まで下がり、インフレ調整ベースでは2012年レベルにまで巻き戻しが生じました。とはいえ依然として世界最高値級で、㎡単価は平均2万5~7千ドル(約350~500万円)と東京の数倍に達します。土地供給の極端な不足ゆえ過去に急騰した反動であり、政府は下落を食い止めるため2023年後半に購入税の緩和策も打ち出しました(後述)。

投資利回り – 東京は3~4%、ロンドン・NYはやや高く、香港は低水準

不動産投資の賃料利回り(グロス利回りベース)を比較すると、東京は安定した中程度の水準です。東京の平均的な住宅賃貸利回りは約3.5%前後でここ数年大きな変動はありません。実際、2024年時点で東京の想定賃貸利回りは約3.44%とのデータがあります。これは主要都市としては平均的で、ロンドンやニューヨークと概ね同水準、一方でシンガポールや香港とも大差ありません。

具体的に各都市の利回りを見ると、ロンドン(市内平均)は約5%とやや高めです。近年ロンドンは家賃上昇に対して価格停滞傾向のため、利回りが上昇しています。ニューヨークの利回りは物件タイプでばらつきがありますが、小型住宅ほど高く、マンハッタンのスタジオ(ワンルーム)では6%前後、1ベッドルームで約4.8%、大型高級物件では2%程度まで低下します。平均すれば3~5%台で、東京と同程度かやや上回る水準です。東京の利回り水準はNYと肩を並べる一方、物件による差はNYの方が大きいといえます。

シンガポールの住宅利回りはおおむね3%台半ばです。家賃上昇で若干利回りは改善していますが、物件価格高騰もあり東京とほぼ同水準となっています(2025年初め時点で東京3.44%、シンガポール3.40%)。香港の利回りは歴史的に世界で最も低い水準にありました。価格高騰期にはグロス2~3%台、ネット利回りでは2%を下回ることもあったほどです。ただ2022~23年の価格下落と賃料上昇によりやや改善し、2024年末時点の平均賃貸利回りは約3.9%まで上昇しています。それでも純利回り(税・管理費控除後)では2~3%程度と依然低く、香港は「利回りより値上がり益」の投資色が強い市場と言えます。

総じて、東京の3~4%という利回りは国際都市としては健全で魅力的な水準です。他の主要都市が極端な低利回り(香港)ややや高利回り(ロンドン)となる中、東京は中庸で安定しており、投資妙味があります。低金利の日本では借入コストが低いため(住宅ローン金利0.5~1.5%)、この利回りでも投資採算が合いやすい点も特筆されます。

賃貸市場の特性 – 東京は安定した需要と手頃な家賃

需要動向: 東京の賃貸需要は安定的かつ堅調です。東京圏の人口は近年微増傾向で、国内他地域や海外からの転入が続いています。2023年も都市再開発やビジネス拠点としての吸引力から人口流入超過が見られ、これが住宅需要を下支えしています。一方、ニューヨークやロンドンもグローバル人財や学生の集積により恒常的に高い賃貸需要があります。ニューヨークはコロナ後に人戻りが顕著で、マンハッタンでは2021年以降新規賃貸契約数が過去最多水準となり、空室率も低下しました(NY市全体の空室率は2023年で3~5%程度)。ロンドンも移民や国内転勤で賃貸需要が根強く、都市部の空室率は概ね5%未満と低位です。一方、シンガポールは人口増と外国人専門職の流入で近年賃貸需要が急伸しました。香港は逆に移民流出で需要が弱まりつつありますが、2023年後半から規制緩和で景気が持ち直しつつあり、需要改善の兆しがあります。

家賃水準: 家賃相場を見ると、東京は主要先進都市の中では比較的手頃です。東京23区の平均賃料は2023年時点で1㎡あたり月額4,071円(共益費除く)で前年比+3.5%上昇しました。例えば都心の1LDK(約50㎡)なら月15~25万円程度が相場、郊外なら8~15万円程度です。これをドル換算すると1,000~2,000ドル/月ほどで、ニューヨークやロンドンの半額以下の水準です。ニューヨーク(マンハッタン)の2023年末の賃貸中央値は月額4,050ドル(約55万円)と史上最高水準に達しました。ロンドンも平均月額約2,100ポンド(約37万円)と高額で、所得の55%を家賃が占めるという試算もあります。シンガポールの民間賃貸も2021年以降急騰し、コンドミニアム平均家賃は月約4,000シンガポールドル(約40万円)前後に達しました。特に2022年には前年比+20%超の家賃上昇となり、2023年も高止まりしています。香港の賃料は世界最高水準でしたが、2022~23年に下落しました。香港島の平均賃料は2023年末で1平方フィートあたりHK$64.7(=月約7,000円/㎡)となり前年比▲6.9%でした。それでも狭小住宅が多いため家賃総額は高く、例えば香港島中心部の2LDKで月3万~4万HK$(50~70万円)といった水準です。こうした比較から、東京の賃料水準は相対的に良心的であり、国内居住者にとって負担が小さいだけでなく、海外投資家にとっても魅力的な「安く質の高い物件」を提供しています。

空室率と借り手市場: 需要旺盛な各都市では空室率の低さが共通します。東京の住宅空室率は都心部で4~5%程度と健全な低水準で、借り手市場は活況です。ニューヨーク市も家主有利のマーケットが続き、特にマンハッタン高級賃貸は空室率2~3%台と逼迫しています。ロンドンも空室が少なく、競争率の高い物件では複数応募が当たり前です。シンガポールは供給不足から2023年には入居者争奪戦の様相を呈し、一部で家賃入札さえ発生しました。香港は需給緩和で空室率がやや上昇しましたが、それでも長期的には慢性的供給不足のため依然低水準です。東京の場合、比較的新築供給が多いため需給バランスは他都市より穏やかですが(後述)、基本的には各都市とも賃貸需要超過で低空室率=家賃上昇圧力が共通の課題となっています。

外国人投資家の影響 – 東京は新たな注目先、ロンドン・香港は伝統的主役

世界都市の不動産市場では、外国人投資家の動向が価格や需給を左右します。東京は近年その存在感が高まっています。長らく東京の不動産購入は国内投資家主体でしたが、ここ数年は円安と割安感も手伝い海外資本が流入拡大しています。実際、2023年の日本不動産への外国人投資額は約102億ドルと前年比+12.3%増加しました。JLLの調査によれば、2023年上期の商業不動産投資額で東京は世界第2位(ロサンゼルスに次ぐ)となり、依然としてグローバル投資家にとって魅力的な市場です。特にシンガポール資本の動きが顕著で、2023年にはシンガポールからの投資額が300億ドルを超え国別首位となったとの報告もあります。シンガポールの政府系ファンド(GIC)も東京の物流施設取得など大型投資を進めており、日本市場への評価が高まっています。

ニューヨークとロンドンは伝統的に海外富裕層・機関投資家の主要な投資先でした。ニューヨークでは2010年代に中国やロシア、中東の富豪による高額物件購入が相次ぎ、一時は新築超高層コンドミ開発ラッシュを生みました。中国人バイヤーはマンハッタンの高級不動産で顕著な存在感を持っており、「ニューヨーク高級住宅市場で中国人は最も目立つ投資家の一角」とも言われます。ただし米中関係や資本規制の影響で、近年は中国マネーが減少し、代わりにアメリカ国内・欧州投資家が主体になりつつあります。ロンドンもまた中東やロシア、アジアからの資金流入が旺盛で、「プライム・セントラル・ロンドン(PCL)」では購入者の約45%が海外居住者となっています(2023年、前年比39%→45%と上昇)。特に新築高級物件では半数を外国人が購入し、そのうち30%は米国から、残りは中東など他地域からというデータもあります。ロンドンは長年「世界の資産家の資金逃避先」として機能しており、外国人買いが価格を押し上げる一因でした。

シンガポールも国際金融都市ゆえ海外投資家の影響が大きい市場です。ただ政府が過熱抑制のため外国人の購入に厳しい追加税(後述のABSD)を課しているため、外国人比率自体は限定的です(取引全体の数%程度)。それでもマーケットに占める存在感以上に、外国マネー(特に中国本土やインドネシアなどからの富裕層)が高価格帯を牽引し、市場を活性化させています。香港は歴史的に中国本土資本が大量流入してきた市場です。2010年代前半には本土企業・個人が香港の新築住宅を爆買いし、価格高騰を招きました。政府は2012年以降、外国人(香港非永久居民)に15%の追加印紙税を導入し本土資金の流入を抑えようとしました。その効果もあり一時は海外購入比率が低下しましたが、なおも香港不動産の大口保有者には本土系が多く、外資の影響力は根強いです。もっとも2022~23年は市場低迷により政府自らこの**買い手印紙税を半減(15%→7.5%)**する措置を打ち出し、海外投資家呼び戻しに動いています。

東京において外国人投資家の増加は市場に新たな厚みをもたらしています。特に商業用(オフィス・ホテル・物流)では海外マネーが価格を押し上げてきましたが、近年はマンション等住宅分野でも富裕層の購入が増えています。例えば都心3区(渋谷・港・千代田)は在京外国人に人気で、2025年時点でこのエリアの有力購入層に外国人が挙がるようになりました。東京の場合、海外資本の流入が市場に活力を与える段階にあり、他都市のような過熱リスクはまだ限定的といえます。

供給と需要のバランス – 東京は開発旺盛で比較的緩和、香港・ロンドンは慢性的供給不足

都市ごとの新規供給(開発)状況と需要バランスにも大きな差異があります。東京は世界主要都市の中でも比較的開発供給が多い都市です。住宅についても都市再開発プロジェクトやマンション建設が活発で、年間数万戸規模の新築が市場に投入されてきました。実際、東京23区の分譲マンション発売戸数は2010年代平均で年間約3万戸前後に上ります。しかし2023年は資材高騰や施工人手不足もあり新規開発が減速し、新築供給戸数は約2万戸と前年(3万戸)から大きく減少しました。これは需要超過を招き、価格上昇要因となっています。もっとも東京圏全体では戸建や賃貸住宅も含め相当数の住宅が供給され、また郊外まで都市が拡大できるため、供給制約は比較的緩やかです。一人当たり居住面積も東京は香港より広く(香港20㎡、東京約30㎡との推計もあります)、住宅不足感は相対的に小さいです。

ニューヨークは開発のサイクルがあり、近年は超高層ラグジュアリー住宅の供給がピークアウトしました。マンハッタンでは2015年前後に「スーパートール」マンションが林立し供給過剰懸念もありましたが、その後規制強化や建築費上昇で高額プロジェクトは減少傾向です。一方で中低価格帯の新築は不足しており、需要と供給のミスマッチが顕著です。また土地利用規制や歴史的建造物保護の制約から、ニューヨーク市内での大規模住宅供給は容易ではなく、慢性的な住宅不足(特に手頃な賃貸住宅)が指摘されています。

ロンドンも厳しい都市計画規制(グリーンベルトや高さ規制等)により、新規住宅供給は需要に追いついていません。移民増加や単身世帯の増加で需要は拡大しているものの、年間供給は2万戸程度に留まり恒常的な住宅不足と言われます。その結果、質の低い住宅でも高値で取引される事態を招いてきました。近年、英国政府や市長が住宅建設促進策を講じていますが、建築許可の遅さなど構造的な問題で思うように進んでいません。

シンガポールは国家主導で住宅供給を管理しています。国土が狭いため政府が長期計画を立て、HDB(公営住宅)建設と民間開発用地の計画的供給で需給バランスを保とうとしています。とはいえ近年の急激な需要増には追いつかず、2022年頃には新築HDBの抽選倍率が極端に跳ね上がりました。政府は対策として住宅用地供給を増やし、2023年は民間住宅の着工戸数を前年より17%増やすなど供給拡大に転じています。それでも完成までは時差があり、短期的には逼迫が続く見通しです。

香港は世界で最も深刻な住宅供給不足を抱える都市の一つです。地形的制約と政府の土地リリース政策により、長年住宅建設が需要に追いつかず、怒涛の住宅不足が価格高騰の主因でした。直近5年間で見ると、公営住宅の年間完成戸数は約2万戸、民間は1.5万戸程度で推移し、長期目標に届いていません。政府は新界北部の「北部都会区」開発計画などで2030年以降の大規模供給を目指していますが、即効性には欠けます。2023年の住宅価格下落は需要減による一時的な緩和であり、構造的な供給不足が解消したわけではありません。したがって中長期では依然として需給逼迫リスクが残ります。

東京の供給環境はこれら都市の中で比較的柔軟と評価できます。郊外の宅地開発や再開発による住戸創出が今後も見込め、需給バランスの調整弁があるからです。実際、東京では2013年以降の人口増にもかかわらず住宅ストックを着実に積み増し、価格上昇は緩やかに抑えられてきました。その結果、バブル期(1990年前後)の価格ピークを長らく下回っていましたが、2023年についに1990年のピークを超える水準に達したとも報じられています。これは需要増と低金利によるものですが、裏を返せば供給が需要に対応しきれなくなりつつある兆候とも言えます。東京でも都心部の建設余地は徐々に減りつつあり、今後は需給逼迫に注意が必要でしょう。

政策の影響 – 各都市の規制と支援策が市場を左右

各都市の政府・自治体の政策は不動産市場に大きな影響を与えています。東京(日本)の政策環境は、比較的緩やかで市場に好意的です。日本銀行の超低金利政策により住宅ローン金利は歴史的低水準(固定でも1%前後)で、購入資金調達が容易です。税制面でも東京の不動産保有コストは低く、固定資産税は評価額の1.4%(都市計画税0.3%別途)と主要都市の中では軽い負担です。例えばニューヨーク市では固定資産税率は約0.88%(評価額に対し)ですが評価方法が商業ベースで高く出るため実効負担は東京と同程度と言われ、ロンドンもカウンシル税は年数十万円程度です。東京は外国人に対する購入規制も一切無く、登記や取引も内外平等に行えます。このように自由な市場環境が海外投資を呼び込み、前述のような外国マネー流入増加につながっています。

対照的に、シンガポールと香港は過熱抑制策を積極的に講じてきました。シンガポール政府は住宅市場の安定を重視し、「追加買主印紙税(ABSD)」を段階的に引き上げています。2023年4月には外国人購入のABSD税率を一気に30%から60%へ倍増させ、大きな話題となりました。外国人がシンガポールで住宅を買うと価格の60%もの重税を科されるため、実質的に海外投機をシャットアウトする措置です。この他にも2軒目以降購入時の印紙税引上げや融資規制(LTV制限)など、需要側への厳しい政策が敷かれています。一方で政府主導のHDB(約77%の国民が居住)を通じた住宅供給と価格補助も行われ、庶民の住宅を守る仕組みが整っています。

香港も2010年代に住宅バブル懸念から一連のクーリング措置を実施しました。代表的なのが**バイヤースタンプデューティ(BSD)15%**で、前述の通り外国人・法人購入に追加課税するものです。加えて、2軒目購入以降に適用される15%の二重印紙税(DSD)や、短期転売に対する重い転売益課税(SSD)も導入されました。これらにより一時的に投機需要を抑え込みましたが、2022年以降の下落局面で逆に障害となり、2023年にはBSDと新住宅印紙税を半減する緩和策が取られています。香港は土地が公有制であり、政府が年間の土地供給量(公売)を調整することで価格コントロールも行っています。供給を絞れば地価・住宅価格が上がり政府収入(地租収入)増となるため、構造的に価格が下がりにくい政策とも言えます。ただ近年は高騰の弊害で政府も方針転換を余儀なくされつつあります。

ロンドン(英国)は海外マネーの流入に比較的寛容でしたが、2021年に非居住者購入に対し2%の印紙税サーチャージを導入しました。EU離脱後のポンド安で外国人購入が増えたことへの対処です。また国内向けには初回住宅購入の印紙税を免除・軽減する一方、2軒目以降には3%上乗せ課税する措置も取られています(2016年~)。都市計画面では高層化規制や景観保護が厳しく、供給面での制約となっていますが、これは政策というより文化的背景が大きいでしょう。住宅政策としては共有所有権やHelp to Buy(2023年終了)など初購買者支援策もありましたが、住宅難の抜本解決には至っていません。

ニューヨーク(米国)は連邦・州・市それぞれに政策があり複雑です。連邦金利政策(FRBの利上げ)は住宅ローン金利を直撃し、2022~23年の住宅市場減速の主因となりました。ニューヨーク市独自の特色としては厳格な賃貸規制が挙げられます。NY州のレントコントロール/レントスタビライゼーション制度により、一定築年数・家賃以下の賃貸住宅は借家人の保護が図られ、勝手な大幅賃上げや立退きが制限されています。これにより低廉な賃貸在庫が維持される一方、家主の収益性が下がり新規賃貸開発のインセンティブが削がれる側面もあります。加えて固定資産税体系が複雑で、賃貸住宅オーナーには比較的高負担になることも指摘されています。ニューヨーク市は度々住宅不足対策(例えば2017年の住宅供給プラン)を打ち出すものの、政治的ハードルもあり実現が遅れがちです。こうした政策・規制の網がニューヨークの不動産市場に特有の歪み(超高級物件と低家賃物件の二極化など)をもたらしています。

東京はこれらに比べると、行政の介入度合いが低い市場といえます。国による住宅金融支援(フラット35など)や減税措置(住宅ローン減税)はありますが、市場を直接コントロールするような規制は少数です。ただし近年では民泊(Airbnb型賃貸)への規制(住宅宿泊事業法=民泊新法)施行や、マンションの管理適正化法強化など、点的な対応は見られます。また都市計画では容積率緩和や再開発促進で供給を下支えしています。結果として東京の不動産市場は民間主導のダイナミズムが維持され、短期的な変動は小さく長期的な安定成長が可能な環境と言えるでしょう。

東京市場の特徴まとめ – 「安定・割安・高収益バランス」の魅力

以上の比較から、東京の不動産市場は次のような特徴が浮かび上がります。

  • 価格面: 東京は他のグローバル都市に比べ不動産価格が割安で、近年緩やかな上昇を続けています。高騰しすぎず安定した値動きで、バブル的過熱が見られません。
  • 利回り: 賃貸利回りは約3~4%と国際都市としては適度な水準を確保しています。低金利を踏まえれば投資妙味は十分で、ロンドンや香港より実質利回りが高いケースもあります。
  • 賃貸市場: 賃料は手頃で需要が堅調、空室率も低位安定です。借り手にとっても比較的住みやすく、貸し手にとっても安定収入が見込めるバランスの取れた市場です。
  • 海外資本: 外国人投資家の注目が高まっており、資金流入による市場活性化が進んでいます。他都市のような規制で締め出すこともなく、開かれた投資環境が東京の強みです。
  • 需給: 豊富な新規供給能力と緩やかな需要増により、極端な供給不足には陥っていません。他の都市が供給難で高騰している中、東京は比較的良好な需給バランスを保っています。
  • 政策: 政府・自治体の介入が少なく、市場原理が働きやすい環境です。低金利・低税制による支援はあるものの、価格抑制のための過度な規制はなく、民間の自由な取引が可能です。

こうした点で、東京は安定性と成長余地を併せ持つ市場と位置付けられます。他の主要都市がそれぞれ固有のリスク(ロンドン・香港の高値停滞、ニューヨークの規制負荷、シンガポールの政策介入)を抱える中、東京は程よい成長とリスクバランスで投資・居住双方に魅力的と言えるでしょう。

最後に、主要指標の比較を以下の表にまとめます。

指標東京ニューヨークロンドンシンガポール香港
直近住宅価格推移(2023)+4~9%上昇横ばい(+数%)▲5%下落+6.7%上昇▲7%下落
平均価格水準(都心部㎡単価)約150万円(~1万$)約220万円(~1.7万$)約270万円(~2万$)約300万円(~2.2万$)約400万円(~2.7万$)
想定グロス利回り3.5%前後3~5%前後5.1%3.4%3.9%
平均家賃(月額)23区1LDK:15~25万円マンハッタン中央値:約55万円ロンドン平均:約37万円シンガポール平均:約40万円香港島平均:約60万円
外国人投資の動向流入拡大(規制なし)依然活発(中国等、一部不透明)非居住者購入45%(追加税+2%)政策で抑制(ABSD 60%)本土資本中心(購入税7.5%~)
供給状況年2万戸超の新築供給、比較的柔軟都心開発余地限られる、慢性不足厳しい規制で供給不足政府管理下で増強策実施中極度の土地不足、長期計画中
政策環境金利低・税負担小、介入少金利高・賃貸規制強(家賃抑制)印紙税加算あり(+2%)外国人購入制限大(60%税)買い控え策→緩和へ転換

※為替換算レート:1米ドル=135円, 1ポンド=170円, 1香港ドル=17円換算。上表の数値は報道・統計を基に概算したものです。

東京は上記の通り、多くの面でバランスの良い市場特性を示しています。適度な価格水準と利回り、安定した賃貸需要、柔軟な供給力、そして投資に優しい政策環境が相まって、国内外の投資家・居住者にとって魅力度の高いマーケットと言えるでしょう。他の世界都市と比較しても突出した弱点が少なく、むしろ他都市の課題(高騰しすぎた価格や低利回り、供給難、厳しい規制)を回避できる点で、東京不動産市場の今後の発展性に期待が持てます。

参考文献・情報出典: 東京圏住宅価格指数(日本不動産研究所)、各都市住宅統計(グローバル不動産情報)、賃料・利回りデータ(Global Property Guide、Savillsレポート)、外国人投資動向(JLL調査)、各政府発表資料・報道。

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